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コスタリカ

現地レポート2017[憲法]最高裁判所で聞いた国民の人権意識

2017.2.9

市民に開かれている最高裁判所

低い建物が多く空が広い首都サンホセに、ひときわ目立つ高層のビルがそびえます。飾り気のない灰色の壁には、目隠しして天秤を持つ「正義の女神」の浮彫り。最高裁判所です。
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階段を上がって玄関を入るとすぐ右側は違憲訴訟の窓口で24時間、365日開いています。僕が行ったときも市民3人が窓口で訴えを起こしていました。この国では市民が気軽に憲法違反を訴えるのです。
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大法廷の部屋に案内されました。どっしりとした椅子が22席、馬蹄形に並びます。22人の最高裁判事が一堂に集まる場です。「どこでもいいからお座りください」と言われ、みんな好きな席に座りました。正面の長官席には広報官の女性が座って説明しました。
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最高裁の判事22人のうち女性が6人います。最高裁長官は女性です。

違憲訴訟、驚きの年間約18万件

最高裁には4つの法廷がありますが、中でも重要かつ特色あるのが第4法廷です。俗に憲法法廷と呼ばれます。ここでは基本的人権にかかわるすべての案件を7人の判事が審議します。その役割は、①憲法がきちんと守られるようにする、②基本的人権の擁護、③少数派を護る、④平等と正義をすべての国民にもたらす、が柱です。

中でも多いのは病院や市役所での対応が遅いとか人権が無視されたなどの訴えです。子どもを遠くの公立学校に越境入学させようとしたら拒否されたとして違憲訴訟を提起し親が勝利したケースもありました。

過去には、薬を買いに行ったら求める薬がなかったので薬屋と薬事行政を相手取って違憲訴訟を起こしたおじいさんもいました。判決は、「おじいさんにとって薬がなければ健康な生活が維持できないので明白な憲法違反だ。薬屋はおじいさんの薬を常時、置いておくよう。また、おじいさんはどこに旅行するかもしれないので、全国の薬局にこの薬が常時おいておかれるよう国は薬事行政をきちんとすべし」というものでした。

これがコスタリカです。日本国憲法では第25条生存権で「健康で文化的な生活」が保障されているのに、実態はかけ離れています。国民はそれをあきらめていますが、コスタリカは「憲法に記された理想は実現されていなければならない」という発想です。憲法に反する実態があれば市民は直ちに違憲訴訟で訴えるし、裁判所側は迅速な判決で答えるのです。

2016年に出された違憲訴訟の数は17万9637件です。そんなにあれば裁ききれないのではないかと思われるでしょうが、7人の判事だけが処理するのではありません。副判事の役割をする補助員が6人いますし、さらに窓口に持ち込まれた時点で弁護士資格を持った60人を超す係官が対応します。人権関連の案件は訴訟を起こして1か月程度で判決が出ますし、大きな訴訟でも1年半で判決に至ります。

最近の課題は麻薬組織との戦い

最近はどんな刑事事件があるのかという質問に広報官は、「麻薬組織がのさばって暴力事件が増えている」と答えました。そのさいに、コスタリカに軍隊がないことに乗じて外国の薬組織が入り込み警察力だけでは対応できないと、あたかも再軍備を求めるかのような発言をしたため訪問団の参加者が色めき立ちました。広報官は「だからといって軍隊を持とうということにはならない」と弁明しましたが、煮え切りません。

これについて国会でオットン・ソリス議員に聞いたところ、彼は「強大な軍隊を持つ米国もコロンビアも麻薬組織を一掃できないではないか」と、武器には武器をという発想を一蹴しました。そして「平和という点ではコスタリカ国民は一致している。コスタリカの選挙で再軍備を主張する候補がいたら、一票も入らないだろう」と明快に語りました。

麻薬は南米のコロンビアで作られ、消費地の米国に運ばれますが、その途中にあるコスタリカを通らざるを得ないため麻薬組織が暗躍しています。コスタリカにとってはいい迷惑です。

コスタリカ沖の海上では米国の艦船が麻薬運搬の船を監視しており、米国の船がときどきコスタリカの港に入って水や食料を補給します。これを指して「コスタリカは米国に基地を提供している」と息巻く人々がいますが、誤解です。基地など提供していませんよ。米国の艦船は入港のたびにコスタリカ側に申請し許可を受けなければなりません。こんな面倒なシステムにしています。

米国の言いなりになる日本と違って、コスタリカは小さな国ですが米国に毅然と主権を知らしめているのです。

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