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コスタリカ

[3]小学生が最初に教わる「愛される権利」

2015.11.6

コスタリカの教育で、平和や人権はどう扱われているのでしょうか?

小学校に入学した子どもたちは最初に「だれもが愛される権利を持っている。この国に生まれた以上、あなたは社会から愛される」と教えられます。基本的人権を小学1年生でもわかる「愛される」という言葉で習うのです。

国に愛されることは基本的人権

「もし愛されてないと思ったら憲法違反に訴えて、社会を変えることができる」とも習います。コスタリカでなぜ小学生も憲法違反の訴訟を起こすかというと、6歳で教えられるからです。憲法の中でも人権という最も大切な一点を、最初にしっかりと頭に入れるのです。政府や社会は一人ひとりの人権を守るべき存在であることも、子どもの心に根づきます。

日本の文部科学省に当たる公教育省を訪れました。学生生活課のグロリアさんは教育の目標を「市民の権利意識をきちんと持ってもらうこと。だれもが一人の市民として国や社会の発展に寄与でき、一人の人間として意識でき、何よりも本人が幸せであること」といいます。

そのうえで「わが国は人権の国です。他人の権利を認めることが平和につながる。自分と同じく他人の人生を人間として尊重することから民主主義が生まれる。コスタリカは平和の文化を創ろうとしています」と話しました。

教科書が日本と違いすぎる

教科書を見ました。日本の「公民」にあたる「市民教育」の中学2年の教科書。第2章「コスタリカ 自由の祖国」には「『平和とは戦争がない状態ではない』といわれるのは、なぜでしょうか?」と書いてあります。日本では、平和とは戦争がない状態だと思われていますが、コスタリカでは違うのです。

そのあとに「平和とは理想、希求する心からなるものであり、それを実現するためには個人がそれぞれの平和を確立することが必要です」と書いてあります。平和といえば、日本人はまず国家の平和を考えますが、コスタリカでは個々の人が平穏に暮らせることが出発点なのです。平和とは「すでにある」状態ではなく「これから創る」ものという発想が基本にあります。

これは国際的な平和学に沿った考え方です。北欧で発展した平和学では、ただ戦争がないだけの状態は「消極的平和」と呼ばれます。しかし、一見平和に見えても飢餓や貧困、虐めや差別、社会格差など構造的な暴力はあります。それをなくす過程を「積極的平和」と呼ぶのです。安倍首相の言う積極的平和主義は、言葉を逆用して平和の名で暴力を広めるものです。あたかも戦争法案を安全保障法案というようなものです(あ、そう言ってますね)。

教科書の続きにこう書いてありました。「国家を統治している多くの人々は、ある一つの似通った、嫌な考えを持っています。権力を失うことを恐れています。裏切り、不誠実なスピーチを聞く機会がたくさんあります」。こんなことを堂々と載せる教科書って……いいなあ。

難民の子どもも平等に教育機会を提供

隣の国ニカラグアとの国境地帯の小学校に行きました。ニカラグアは内戦が終わったあとも社会が荒れ、ニカラグア人が100万人近くも難民となってコスタリカに入っています。コスタリカはすべて受け入れ、3年にわたって滞在した人には国籍を与えています。コスタリカの人口はそれまで約400万人でした。それが100万人を引き受けたのです。今、ヨーロッパの難民が問題になっていますが、引き受ける規模が違います。もっと少ない難民さえ拒否する日本とは大違いではありませんか。

この国の憲法では、政治亡命であれ経済難民であれ、庇護を求める人はだれでも受け入れることを明記しています。そう、あなたも、いざとなれば引き受けてもらえます。

難民の半分は子どもです。コスタリカに入った以上、すべて無償教育をうけます。ニカラグアでは学校に行けなかった子どもも多く、最初は教室で席に着くことさえできませんでした。どう教育するかで先生と国連平和大学が共同で平和教育プログラムを開発しました。小学校では学年ごとに7つのテーマを設け、6学年で42の指針を作ったのです。

指針の第1は人類の歴史を教えることでした。地球の誕生から恐竜、哺乳類を経てようやく人類がこの世に出てきたことを教えると、「それまで教室を走っていた生徒がピタリと止まるんです。自分がかけがえのない存在だと理解し始めるのです」と先生は語ります。

先生に「あなたの教育の目標はなんですか」と聞くと、「私の教え子が卒業する時に自分の頭で考え行動できるようにすることです」と答えました。自立した人間を育てるという目的意識が明確です。また子どもの人権という場合、「温かい家庭で生活する権利があることも教えます」と言います。

教育に国家予算の30%、GDPの8%を充てる国

コスタリカでは平和憲法をつくって軍事費を教育費に回そうと決めた1949年から、国家予算の20~30%が教育費に充てられてきました。2014年度は29.1%です。実際に支出された数字をみると、発表された最新の統計の2009年で35.63%です。憲法では「国の教育費は国内総生産(GDP)の6%を下回らないこと」と定め、その後は8%に増やしました。

創立から106年になる首都の小学校を訪れました。子どもたちが野菜作りをしている広い庭園に大きなテーブルと椅子を置き、青空教室として使っています。図書室の入り口には「幸せへの道」という札がかかっていました。この国の子どもたちは「おはよう」「さようなら」などのあいさつに「プーラ・ビーダ」と言います。「純粋な人生」あるいは「清らかな生き方」という意味です。

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