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コスタリカ

[9]賢人が語るコスタリスの哲学

2015.11.6

コスタリカで1949年に平和憲法を制定したさいのフィゲーレス大統領の夫人カレン・オルセンさんを訪ねた。今から3年前だ。彼女は元デンマーク人で、肌が白く目が青い。米国で大学院生だったとき教授に見初められて結婚した。その教授が後にコスタリカ大統領となったホセ・フィゲーレスだ。

彼女自身、国会議員や国連代表などをした。首都サンホセ郊外の自宅の、壁一面をびっしりと分厚い本が埋める書斎で向き合った。カレンさんは、まず東日本大震災に触れた。「日本人はどんな苦境でも乗り越えていく国民です。今回の逆境も克服すると思っています」

そのうえでコスタリカについて語り始めた。
コスタリカという国について

コスタリカは中南米で最も民主主義の歴史が長い国です。地形は日本とよく似ていて、国土の中央を南北に山脈が走るため豊富な水が川となって流れ、水力発電でエネルギーが確保されています。教育は無償で義務教育であり就学率は97%です。1948年に女性の参政権が認められ、政府の主要ポストの50%は女性が占めなければならないことになっています。大学の学生数は女性の方が多いです。国土の25%は国立公園などの保護区になっており、首都を一歩出ると自然があります。

軍隊を持たないという選択について

コスタリカは軍隊を持っていません。軍隊を廃止して60年たちました。日本が軍隊を公認する日が来ることを、私は懸念しています。いま、民主主義のために世界で人々が立ち上がっています。その中には、軍が国民を弾圧している現実があります。国民が何を求めているかを考えるのは政府の義務です。民主主義は、求めることを国民自身が決定するシステムです。みなさんに質問したい。百億円で軍隊をつくり武器を買い兵士の食糧を買って、それを国民が負担し、あなたの子が兵士となって戦場で死ぬとしたら、あなたはどのように感じるでしょうか。私たちの国はそのカネを教育に回しました。軍隊のカネを教育、文化、住宅の確保に回したらどうでしょうか。同じカネでも、軍に回したら人が殺される危険に常に瀕することになります。それを教育に回せばどんな違いがでてくるでしょうか。

国の費用を軍隊に使うということは、だれかが殺される危険に常に瀕しながら暮らすことになります。その額を最先端の技術や教育に使えばどんな違いが出てくるでしょうか。我が家で働いているマイラは隣のニカラグアから来た難民です。顔つきはコスタリカ人とは違いますが、同じ人間です。人間はみんな、同じです。どうして殺しあう必要があるのでしょうか。

軍備を正当化する日本の動向について

私がなぜこんな話をするかと言えば、憲法を変えて再び軍備を正当化しようという今の日本の動きを心配するからです。ニカラグアとコスタリカは、国と国とは対立することがあります。でも、人と人は深いところでまったく同じです。日本で軍隊を正当化しようという人々は『防衛のための軍隊』という言い方をしていますが、そうやって軍隊を拡大していくと、今は友だちの隣国がやがて敵国に変わりかねません。今、闘うべき相手は気候変動です。これこそ今の人類が立ち向かわなければならない闘いです。コスタリカには多様な生物がいます。人類だけではなく生物を守るためにも、気候変動や人類の調和のために闘わなければなりません。人類同士が戦争をしている場合ではないのです。

軍事力放棄の歴史的経緯について

コスタリカが軍隊をなくしたときのことをもう少し詳しくお話しましょう。きっかけは不正選挙でした。投票箱が盗まれたのです。それをめぐって対立が起きました。民主主義の闘士として立ち上がったのは教師やプロフェッショナルな仕事を持っていた人々など、高等教育を受けた人々でした。闘いで勝利した新しい政府は、選挙の公正を守ると宣言しました。

政府の中心にいた夫は当時、向きあう問題について考えました。これっぽっちしかない予算を軍隊に使うか、それとも今直面している問題に使うか、と考えたところ、答えは一目瞭然でした。大きな反対もなく、みんなが一致して軍隊の廃止に向かったのです。それから60年たちましたが、軍隊があった方が良かったと考えるコスタリカ人は一人もいません。教育を受けた人が教育の重要性を説いたからこそ、軍隊をもたないでいられたのです。教育を受けた者だけが将来を見据え、行動することができるのです。動機を持った国民は、自ら立ち上がって国を良い方向へ向けていけるのです。

若者に質問してみましょう。兵士になりたいか、それとも良い教育を受けたいか、と。兵士になって上官から怒鳴られて自分のやりたいことでなく人殺しをさせられるのを望むでしょうか。若者に『あなたは本当に大切な人だ』と語りかけてください。『あなたは、あなた自身にも国にも社会にも、大切な存在だ。つまらない戦争で命を失ってほしくない』と語りかけてください。

女性の権利と社会進出について

女性の社会進出について話しましょう。コスタリカでは憲法で男女同権をうたいました。でも、女性は参政権をただありがたく受け取ったのではありません。男性より政治に参加する意識が高いのです。政府機関では職員の50%が女性でなくてはならないという義務が守られています。

女性は家の中では支配人のような存在です。子どもが病気になれば看護師になり、子どもの先生にもなり、男性よりも規律正しく家事をこなしています。とはいえ、コスタリカが完全に男女平等とは言えません。とりわけ民間企業の女性の給料は男性よりも少ない点が問題です。民間企業は政府機関ほど女性の進出が進んでいません。

隣国のニカラグアから経済難民が100万人規模でコスタリカに押し寄せています。我が国では移民も、元からいた国民も平等だと法律で規定しています。我が家で働いているニカラグア人のマイラは、本国では仕事がないためやってきたのです。ニカラグアでは女性の教育の下地がありません。女性の社会進出など考えられない状況です。ニカラグアの政府が女性のための予算を組んでいないのです。難民が増えるとコスタリカ人の中に、難民に仕事を奪われるのではないかと考える人が出てきました。唯一の解決策は両国がお互いに学ぶことです。

人間に与えられた3つの義務

景気の後退で貧しい人がさらに貧乏になっています。不平等や富の格差が問題で、貧富の差をなくすことが大切です。私たちに何ができるでしょうか。何か一つでもやれることをやれば、社会は変えていけます。何でもいいから、何か一つやればいい。近所の人と話し合うことだっていい。常に考える姿勢を持つことが肝心です。この世界のできごとが自分のせいでないなんて言えない。私たちすべてが世界の要素なのです。私たちはそこに関わりがないとは言えません。何かを思いつたら隣の人に声をかけてみるなど、できるはずです。

私たちには3つの義務があります。考えること、愛すること、奉仕することです。この3つを使って、今の世界を少しでも変えることができます。このうち、考えることが最も重要です。世界は違う文化、違う言葉があり、好みも違います。でも、みんな同じ悩みを抱えています。知ることは義務です。自分は何者か。自分のことを知らなければ奉仕もできません。だれもが自分は何者かを考えてほしい。自分の中に自分の価値を見出してください。自分で自分を見極めてください。この世界は一人では変えられないけれど、一人からしか変えられません。

まず自分にできることから

自分は貧しいから世界を変えられないと思うかもしれません。まずできることから提案したらどうでしょうか。それが国を豊かにすることにつながります。小さいことから始めましょう。たとえば『ほほえみキャンペーン』なんて、日本でできないでしょうか。難しいことではありません。あなたが街で微笑みかければ、相手はびっくりするかも知れませんが、心地よい思いをして、別の人に微笑みかけるかもしれません。日本に帰ったら、道を歩いているとき、見知らぬ人に微笑みかけてみませんか。それで社会が少しずつ良くなるかもしれません。私たちはこの地球上で、他の人といっしょにいるからこそ生きられるのです。隣の眠っている人を起こして、いっしょに考えることが大切です。今の社会はあまりにも非人間的です。自己中心的です。それでは地球は救えません。

世界には一人ひとりが必要です。一人の行動が必要です。私たち一人ひとりが少しずつこの世界を変えて行けば、世界は変えられます。人生で向かう場所は戦争ではありません。あなたは生きていなくてはならない、と語りかけましょう。

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写真=カレン・オルセンさん。元国会議員、国連代表。夫は元コスタリカ大統領ホセ・フィゲーレス氏。
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