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個人的な話

涙がにじんだ結婚式

2016.6.6

昨日、結婚式に出席しました。ホテルでも教会でもなく、ビルの一角のカフェです。新婦は在日韓国人として生まれ、今は韓国で暮らすチョウ・ミスさん。新郎は韓国の労働組合活動家です。

ウエディング・ドレスに身を包んだミスさんが入場した姿を見て、僕の目に涙がにじみました。これまで数々の結婚式に出ましたが、新婦を見て涙が出たのは初めてです。

式を主宰したのは、世界を船でめぐるNGOピースボートの仲間たちです。

ミスさんはかつてピースボートのスタッフでした。僕は彼女と船上で飲み、寄港地でのツアーで行動を共にしたこともあります。彼女が東京に住んでいたときには、ピースボートのスタッフ数人といっしょに自宅に招かれて手作りの料理をいただきました。

実に性格の激しい人です。意見が違えばだれかれかまわず、くってかかりました。何事も穏便にすませる日本の風土の中で、彼女はことさらに波風を立てるかのように、論争を挑みました。全身をぶつける勢いで、ここまで言うかと戦慄するほど相手にきつい言葉を投げかけました。このために孤立することも多かった。それでいて繊細な心の持ち主です。自分が相手に投げかけた厳しい言葉は、跳ね返って彼女の心を突きさしていたことでしょう。

思えばピースボートも彼女と似たような性格の団体です。船は港にいれば安全なのに、わざわざ荒れる海に出ます。荒れると知っていながら、もしかして難破するかもしれないとも思いながら、それでも航海に行くのです。世間からあれこれ言われながら。

なぜ敢えて危険を冒すかといえば、船の目的が向こう側に行くことにあるからです。安全地帯にとどまっているなら発展はない。未知のものを知るために、ないものを得るために、リスクを覚悟で出かけるのです。そのために旅があり、その手段が船なのです。船は出航してこそ意味を持ちます。波風を立てながら。

ミスさんの夫となれば毎日、激しい言葉の射撃を受けるかもしれません。彼女の結婚相手としてつとまる男性が、はたしてこの世にいるのかと僕はずっと気がかりでした。相手はどんな人かと思ったら、たっぷり日焼けした、たくましい姿で、それでいて涙もろい心優しき情熱家でした。

なぜ彼を選んだのか、ミスさんが話しました。「慣れない韓国で受け入れられず辛くてたまらなかったとき、彼は『がんばれ』でなく『抱きしめてあげたい』と言ってくれた」

ふいに思いだしたのが映画『男はつらいよ』の一場面です。豪華なホテルでの結婚式のさいちゅうに桃井かおり扮する花嫁が逃げ出し、やがて友人たちの手作り結婚式が行われます。新郎役の布施明が「僕は君の止まり木になる」と歌います。ミスさんの新郎は、この映画の新郎のような人なのだろうと思いました。いや、違うかもしれない。新郎は韓国の寅さんのような人なのかもしれません。

そう思ったとき、「良かったね」と心から祝福する言葉が自然に口をつき、再び涙がにじんだのでした。

ミス、おめでとう!

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