Song Stories

モロッコ

永遠に続く愛を歌った「時の過ぎゆくまま」

スペイン南部の港から大型フェリーで乗ると2時間、高速艇ならわずか30分でアフリカに着く。両方に乗ってみたが、ジブラルタル海峡の潮の流れは速く、高速艇は大波にもてあそばれ、乗客全員が船酔いでフラフラになった。

対岸の港町から飛行機に乗り、モロッコの町カサブランカに行った。町の中心部はカスバと呼ばれる旧市街で、迷路のような細い路地の両側に絨毯や革製品の店が並び、ミント・ティーの香りが漂う。

旧市街の一角のホテルに「カフェ・アメリカン」というバーがあった。往年の名画「カサブランカ」に登場する同じ名のバーをまねたのだ。ウエイターは映画の主人公ハンフリー・ボガートをまねて、トレンチコート姿で客に給仕する。

「君の瞳に乾杯!」というせりふで名高いこのハリウッド映画は、第二次世界大戦中のカサブランカを舞台に、ナチスの支配に抵抗する人々と男女の愛を描いた。

その主題歌「As Time Goes By」は、「時代に振り回されず、足を地につけていよう。時が流れようとも、大切なものは何も変わらない」という歌詞だ。日本では「時の過ぎゆくまま」と訳すが、「時が過ぎようとも」と訳すべきだろう。映画の中では黒人がピアノを弾きながら情緒たっぷりに歌う。

私が店に入ったときも、ピアノでこの曲が流れていた。だが、ピアニストは私の顔を見たとたん、曲を「上を向いて歩こう」に変えた。日本人とすぐに分かったのだろう。そのピアニストは内戦を逃れたレバノンからの難民だった。

映画の中で、占領軍であるナチの将校がドイツの軍歌を歌うと、客が全員立ち上がってフランス国歌の合唱で対抗する。感動的な場面だ。政治的、軍事的には支配されていても、心は自由と独立を失っていないことを歌で示したのだ。

バーの壁には映画のヒロイン、イングリッド・バーグマンのポスターが貼ってあった。北欧に生まれ米国にわたってスターとなった彼女は、イタリアのロッセリーニ監督の映画「無防備都市」を見て感激し、夫も名声も捨てて彼のもとに旅立った。「ティ・アモ」(好きよ)の一言しかイタリア語を知らなかったのに。

「純潔女優」から「「不倫悪女」に世評は一転したが、そんなことにかまう彼女ではなかった。この主題歌のまま、愛に対して一途だった。死の間際まで俳優として生きた彼女が墓碑銘に望んだのは「人生の最後の日まで演技した」という文句だ。

葬儀のさいに演奏されたのが、「時の過ぎゆくまま」だった。




Casablanca - As Time Goes By - Original Song by Sam (Dooley Wilson)
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