Song Stories

日本

現実は命がけだった「月の沙漠」

月の沙漠をはるばると、王子様とお姫様を乗せて旅のラクダが行く……実にロマンチックで、絵になる光景だ。でも、現実はそんなに甘くない。中央アジアのウズベキスタンを訪ねて、沙漠の厳しさを知った。

そもそもラクダに乗るのが一苦労だ。座ったラクダにまたがるとラクダは前足を立て、すぐに長い後ろ足を伸ばす。上半身を後ろに反らさないと、つんのめって転げ落ちてしまう。

沙漠には高さ90メートルを超す砂丘もある。急こう配の丘を上る時はラクダの背にしがみつき、下りるときは身体を反らす。腹筋がひどく疲れる。

ラクダは歩くとき同じ側の足を踏み出すので、そのたびに左右に大きく揺れる。坂道では前後左右に揺れるので酔ってしまう。ラクダを「沙漠の舟」というが、まさに船酔いするのだ。

昼間の沙漠は気温が40度を超え、砂の温度は60度にもなる。だから昼間を避け、夕方から夜にかけて旅をする。ラクダは荷物運びに使うため、乗れるのは隊長とコックだけ。他の人は歩く。

月が出なければあたりは真っ暗だ。前を行くラクダの首につけた鈴の音色に耳をすませて歩く。はぐれたら命はない。人恋しくなるが、沙漠で出会う人間には盗賊もいる。金や銀の鞍を乗せていたら奪われ、置き去りにされて野垂れ死にするだろう。

こんな沙漠のラクダ旅のどこがロマンチックか……と言いたくなるではないか。でもウズベキスタンのワイナリーを訪れると、摘んだブドウをラクダが運ぶ絵が壁にかけてあった。そういえば漢詩に「葡萄の美酒 夜光の杯……」とあった。やはり詩情を誘う地だ。

沙漠を越えシルクロードを経て、ペルシャやローマの文物が日本にもたらされた。奈良の正倉院には「夜光の杯」さながらのガラス容器もある。エキゾチックでロマンをかきたてる。

「月の沙漠」を作詞した加藤まさをは、挿絵画家で詩人だった。竹久夢二と並ぶ叙情派だ。生まれ育った静岡県藤枝市や肺病の療養で訪れた千葉県御宿の浜辺を眺めて、この詞を着想したと言われる。1923(大正12)年、雑誌「少女倶楽部」に載った。

ラクダに乗った王子と姫の記念像が、御宿の海岸に建てられた。記念に歌ったのはペギー葉山だ。以来、この7月で50年になる。

雑誌を見て感動し曲をつけたのが、童謡作曲家の佐々木すぐるだ。無名だったためガリ版で楽譜を刷り、600以上の小学校をまわって歌を広めた。苦学して音楽教師になり、その職も投げ打って作曲家になる夢をかなえた努力の人である。二人の人生もまたロマンそのものだった。


月の沙漠
作詞:加藤まさを
作曲:佐々木すぐる

月の沙漠をはるばると
旅の駱駝(らくだ)がゆきました
金と銀との鞍(くら)置いて
二つならんでゆきました

金の鞍には銀の甕(かめ)
銀の鞍には金の甕
二つの甕はそれぞれに
紐(ひも)で結んでありました

さきの鞍には王子様
あとの鞍にはお姫様
乗った二人はおそろいの
白い上衣(うわぎ)を着てました

広い沙漠をひとすじに
二人はどこへゆくのでしょう
朧(おぼろ)にけぶる月の夜を
対(つい)の駱駝はとぼとぼと
砂丘を越えてゆきました
黙って越えてゆきました

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