Song Stories

チリ

独裁への抵抗の意志「ベンセレーモス」

時代の流れで独裁政権となったとき、人はどう生きるべきか。その答を見たのは、クーデターで軍事独裁となった南米チリだった。今から30年近く前の1984年のことだ。

あ、そういえば、オーウェルは『1984年』を書いて独裁社会を告発したのだった。村上春樹の『1Q84』にも通じる。

独裁下とはいえ、市民はけっして黙っていなかった。国民抗議デーの日、首都中心部の広場で反軍政・民主化行動の集会が開かれた。催涙ガス入りの水を放水され、武装警官にこん棒で殴られるなど弾圧されるとわかっていても、300人の市民が集まって抗議の声をあげた。

街頭では一日中、若者たちが手をたたきながら「パン、仕事、正義、自由」とスローガンを叫んだ。彼らの輪に入った私は、いっしょに警官に追いかけられた。

町を取材していたとき、闇市のような場所で出会ったのが、カセットテープを売る青年だ。屋台を出してビートルズなどの歌を売っていた。民主化運動に関する歌はないのか聞くと、あたりを見渡したあと屋台の下からこっそり出したのが、ビクトル・ハラのテープだった。

チリの国民的な歌手で「新しい歌」を唱えた彼は、クーデターのさいに軍部から虐殺された。ギターをかかえた彼の写真が、カセットのレーベルになっている。だが、市販のものと違って手作りのコピーだ。軍政下では、彼の作品は発売禁止なので、印刷はできないのだ。

夜になってホテルに帰り、カセットを聴いた。かすれた歌声が流れる。ベンセレーモス。「我々は勝利する」という意味の歌である。かすれたのは、おそらく何度もダビングを繰り返したためのだろう。たった一本のテープを聴くために、何人もの人々が苦心したのだと想像される。このかすれた声を耳にしながら、いつか再び来る民主化の日を待ちこがれる人がたくさんいるのだ。

そう思ったとき、耳に入ったのがカン、カンという音だ。今の政治では食べられないという不満を主婦が主張する、南米独特の抗議行動「鍋たたき」である。窓を開けると、町のあちこちから音が聞こえる。軍政に反対するのは自分だけではないと勇気づけられた人が、新たに加わったのだろう。音はみるみる増えた。

圧政の下に置かれたときに必要なのは、めげない気持ちだ。自分の意志は天の意志であり、人類の歴史に基づくのだという確信である。

それから6年後の1990年、国民投票が行われ、ついにチリは民主化された。今や晴れてハラの歌は町のCD店で売られている。




Venceremos ベンセレーモス 我等は勝利する(日本語・スペイン語字幕)
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