Song Stories

ベネズエラ

カリブの人間大国が奏でる「コーヒー・ルンバ」

南米の北の端にある国ベネズエラは、大航海時代にスペイン人がやってきたとき、イタリアの水の都ベニスのようだと名付けられた。別に町が華麗なわけではない。海の中に立てた棒杭の上に家を建てたのがベニスの街造りに似ているというのだ。

この国で10年以上も政権を握るチャベス大統領は反米の闘士だ。米国から世界に広がった格差社会を正そうと、貧富の差をなくす社会運動を繰り広げている。その現場のスラムを2010年、見に行った。

地下鉄に乗ろうとして驚いた。ホームで乗客がきちんと列を組んで待っている。日本以外で、しかも自分勝手な行動がごく当たり前な中南米で、人々が自発的に列を組む光景を見るなんて思いもよらなかった。

車両が来て席に座ると、前の席の太ったおばあさんが微笑む。次の駅でおじいさんが乗ってくると、おばあさんは「ほら、ここに掛けなさいよ」と声をかけた。そこに座っていた若者は素直に立って席を譲った。今の日本よりも公衆道徳がある。

その直後だ。ギターに似たクアトロという四弦の民族楽器を抱えた若者が乗ってきた。彼は弾きながら歌った。ん?昔の日本でよく耳にしたぞ。そうだ、西田佐知子が歌ってヒットした「昔アラブの偉いお坊さんが……」という「コーヒー・ルンバ」だ。それがなぜ、地球の反対側に?

隣の席で曲に合わせて身体を揺すっていたベネズエラ女性に、「これ、日本の曲なんだけど」と言うと、「とんでもない、有名なベネズエラの歌よ」と叱られた。

本当だった。ベネズエラの作曲家が1958年に作った「モリエンド・カフェ(コーヒーを挽きながら)」だ。「日が暮れて闇となれば、珈琲園の静寂の中で、悲しい愛の歌が蘇る……」という歌詞である。夜、珈琲を挽きながら、かつての愛の思い出に浸るという内容だ。アラブの坊さんなど、まったく関係がない。

地下鉄で訪れたスラムでは、住民が自治センターに集まり、自分たちで地区を改善しようと議論していた。スラムを回ると、思いがけない風景を見た。子どもがバイオリンを抱えて歩いている。それも何人も、だ。

聞くと、音楽を学びたい子どもには、国が楽器を無料で貸して、弾き方も無料で教えているという。貧しい地区の子は暴力団や覚せい剤に走りがちだ。この国は非行でなく音楽をやればどうか、と受け皿にオーケストラを用意しているのだ。この制度で弦楽器を学ぶ子が、全国で33万人もいるという。

日本は経済大国と言うが、子どもの状況は悲惨だ。ベネズエラの方がよほど「人間大国」ではないか。

補足:ウゴ・ラファエル・チャベス・フリーアス(1954~2013年)。大統領在位1999-2013年



コーヒールンバ (Moliendo Café) (スペイン語・日本語字幕)


コーヒーを挽きながら(原曲)
訳詞:石橋 純

日が暮れ宵闇せまるそのころ
コーヒー園に聞こえてくる
寂しげな調べの歌声
夜のとばりのなかで
すすり泣くように

恋の痛手
苦しみ
黒い肌の男が
夜なべ仕事で
コーヒー挽きながら


コーヒー・ルンバ(西田佐知子バージョン)
作詞:中沢清二

昔アラブの偉いお坊さんが
恋を忘れた あわれな男に
しびれるような香りいっぱいの
こはく色した
飲みものを教えてあげました
やがて心うきうき
とっても不思議このムード
たちまち男は若い娘に恋をした

コンガ マラカス
楽しいルンバのリズム
南の国の情熱のアロマ
それは素敵な飲みもの
コーヒー モカマタリ
みんな陽気に飲んで踊ろう
愛のコーヒー・ルンバ

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